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海老芋の誕生

海老芋の誕生

江戸時代の安永年間(1772-81年)に、青蓮院宮(しょうれいいんのみや)が長崎から持ち帰った里芋を、仕えていた平野権太夫[1]に栽培させ、そこで採れた大型で良質の芋がエビイモの始まりとされている。「海老芋」の名もこの頃に名づけられた。

[編集] 磐田市での導入史

1927年(昭和2年)頃、磐田郡豊田町(旧井通村、現磐田市)役場の農事監督官であった熊谷一郎が、昭和の不況対策のための新作物として導入した。まず、豊田町気子島地区の農家によって試作され、1931年に出荷組合によって生産販売の基礎がつくられた。当時、この出荷組合は気子島部落の約50戸で構成され、作ったエビイモを大阪や京都、東京の問屋に出荷し、これらは10キログラムで1万円相当で取引されていた。

その後、気子島地区がエビイモ栽培によって高収入をあげていることが竜洋町豊岡(旧掛塚町)に伝わると、1938-39年にかけて竜洋町農業協同組合の組合長・伊藤弘がこれを栽培、良好な成績を得たのをきっかけに、この地域におけるエビイモ栽培が大きく発展した。1945年以降、同じ土壌条件である磐田市寺分や、豊岡村広瀬地区にも急速に普及し、磐田市はエビイモの一大産地として定着した。

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2008年12月01日 02:22に投稿されたエントリーのページです。

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